切迫早産についてのみんなの口コミアドバイス

MENU

妊娠中期には切迫早産に気を付ける
妊娠中期は、安定期に入ることもあり、妊娠初期に比べて行動範囲が広くなることがあります。赤ちゃんができた後の生活を考えて、安定期のうちに旅行や赤ちゃん製品の買い物、友達に会うという方も多いでしょう。妊娠生活において気を付ける事は、たくさんあります。栄養バランスのとれた食生活や適度な運動、睡眠などです。

 

中でも、注意すべきなのは、切迫早産です。切迫早産とは、妊娠中毒症と共に妊娠中期に見られる2大トラブルであり、妊娠37週からの正期産の前にお産になってしまう状態のものです。具体的には、子宮口が開いていることや出血、頻繁なお腹の張りなどがみられます。正期産前に赤ちゃんが生まれてしまうと、生まれた週数によっては、呼吸障害や脳障害、循環器障害、低体温、黄疸などのリスクが発生しやすくなったり、その後の発育にも影響を与える危険もあります。

 

私も、二人目の時に24週で切迫早産になりました。安定期に入り、上の子と公園に行ったり、友達とランチしたり、旅行や買い物を、出産前に済ませておこうと毎日のようにお出かけしていました。しかし、自分では、お腹の張りもなかったのですが、24週の検診時に、子宮口が1センチほど開いていることを指摘され、ウテロンというお腹の張り止めの薬を飲みながら自宅安静の指示が出されました。

 

お腹は、立ちっぱなしの状態や動いた際に張りやすいので、なるべく横になって寝転んでいました。家事も最低限にし、洗濯や買い物は夫に頼み、食事も冷凍食品や出前、総菜や弁当などを利用し料理する時間を短縮しました。しかし、上の子がいるので、四六時中、横になっているわけにもいかず、ついつい動いてしまいます。

 

歩けるようになり、遊んだり、動きたい盛りの上の子がかわいそうになってしまうのです。このような状態が良くなかったのか、次の検診でまた、子宮口が柔らかくなってきていた為、病院にて入院することになりました。入院生活は初めは苦痛でしたが、病院では栄養バランスがとれた食事もでき、上の子の事も気にすることがなく精神的にもリラックスできました。

 

トイレ以外の日中のほとんどをベッドで過ごしたおかげで、切迫早産の症状が悪化することもなく正期産で出産することが出来ました。切迫早産を防ぐ方法は、定期検診を必ず受診することと、お腹が張るのを自覚したら行動を制限すること、いつも以上に無理のない生活を心得て、早めの対応が大事に至らないと思います。

妊娠中期から切迫になり入院した同僚
私は看護師として病院で勤務しています。病棟で働く看護師は流産や切迫になる人が多いとよく言われます。私の同僚でも何人かいました。私は妊娠した経験がその当時なかったので、知識として持ち合わせていませんでしたが、妊娠しながら、患者さんを抱えたり、夜勤をしたりする仕事は凄くハードな仕事だと思います。また妊娠している本人にとっても不安が強いでしょう。

 

でも看護師の場合は、人員不足ということもあり、病棟スタッフは常に足りない状態、夜勤もぎりぎりの人数でこなすことが多いので、妊娠していてもハードな仕事を外してもらう、または手伝ってもらいということが言いにくい環境があるのかもしれません。それらの理由から切迫になる人も多いのです。

 

私の直属の先輩にあたる同僚も、夜勤の間に少し出血をしたようです。しかし、夜中だから代わりのスタッフはいないし、夜勤の相方にも言い出せなかったそうです。幸い出血量はそれほど多くなかったので、仕事を最後までやり通したそうです。そのことは朝になるまで、先輩は誰にも言いませんでした。そして夜勤があけてそのまま病院に直行して、そのまま入院をしてしまいました。

 

幸い出血はすぐにとまり、腹痛など、陣痛につながるものはなかったので、様子観察で入院になりましたが、その後病棟では、そんな状況になりながらも言い出せなかった環境が問題だとして、病院全体で話し合いが行われることになったのです。その参加者はやはり妊娠中の人や子育て中の人が多かったです。女性が多い職場だから避けては通れない妊娠、出産という過程。それを先輩が身を持って投げかけてくれた問題でした。

 

これを機に少しずつ働く環境が見直されています。やはり子供はみんなで守っていかなくてはいけない、そのために自分も妊娠していることを声に出して言ってもいいんだということが分かった瞬間でした。女性の多い職場は特に言い出しにくいかもしれませんが、やはり主張すべきことは声に出していく必要があります。

入院〜退院後も切迫流産の妊娠中期
私の妊娠中期は、切迫流産での入院生活中に始まりました。少し歩くだけでもお腹が張り、出血も続いたので退院許可がなかなか出ませんでした。毎日24時間張り止めの点滴をした状態で過ごしていました。針を刺したところがアレルギー反応を起こしたのか、血管に沿って湿疹ができ、薬を塗ってもらったのですが良くならず辛かったです。

 

つわりが続いていた上に、食事が良くも悪くも病院食といった感じであまり美味しいとは言えず、精神的に少しまいりました。あまり献立のレパートリーが無いようで、冷凍の小エビが頻繁に使われた為に、飽きて苦手になってしまいました。しっかりと味のついたカレーが一番おいしかったです。時々おいしいお菓子を食べてストレスを解消していました。

 

イマイチな食事のおかげで体重がほとんど増えなかったことは、不幸中の幸いだったかもしれません。日中は頻繁に看護師さんや助産師さんが巡回にきて、血圧を測ったりしてくれますが基本的には暇です。テレビは、専用のカードを使い、一日100円で見ることができましたが、一人で見ても何も面白くありませんでした。少し出血が多くなった時は、自分でトイレに行くことを禁止され、10メートルほどの距離を車いすに乗せて連れていってもらわなければなりませんでした。

 

いちいちナースコールで呼び出さないといけないため、申し訳なくて少し水分を控えたりしました。お風呂も、時々シャワーに入れましたが、温かいおしぼりで身体を拭くのみという日も多かったです。4週間近く入院して、微量の出血はあったもののあまり状況が変わりそうにもなかったので、退院させてもらうことにしました。お腹の張りも相変わらず続いていたので、退院後も服薬を続けることになりました。

 

長期入院したので体力が落ちてしまい、階段を降りるのもやっとといった状況でした。出産までお腹の張りは続いたのですが、幸い大事には至りませんでした。健康の大切さを知るいい機会となりました。

一人目とは全然違う二人目の妊娠中期の出来事
私は二度の出産を経験しています。一人目の時は、全くと言っていいほど悪阻もなく、何にも悩まされる事なくスムーズに、楽しく妊娠ライフを楽しみ出産にいたりました。二人目を授かり、私は悪阻などには悩まされないタイプだから大丈夫と妊娠に対する嬉しさでいっぱいでした。

 

妊娠初期は一人目と同じように生活し、何もなく過ごしてたのですが、4ヶ月頃からなんとなく体のだるさを感じるようになり、夏だったのもあったので夏バテかとも思いましたが、体がだるい、匂いにやたらと敏感になる、吐き気に悩まされました。5,6カ月に入り大分体も落ち着き、おなかも少しづつでてきて幸せに思ってたのもつかの間で、私の山場だったのが7ヶ月頃です。

 

おなかも大分出てきて、体も重くなってきたのもあって腰痛が酷かったです。夜寝て朝起きようと思うとベッドから起き上がれない程の痛みでした。ゆっくり起き上がると今度は貧血のような眩暈にも悩まされました。妊娠中は飲めるお薬も限られてくるのと、薬を服用するのもお腹の子が心配で避けていましたが、日に日に増していく腰痛と眩暈。

 

起き上がるのに腹筋を使っていたのか、今度はお腹が張り始め最初は1日に1回程度だったお腹の張りが日数がたつにつれ1日にお腹が張る回数が3回、5回、と増えていきこのままでは切迫早産なども考えられると思い、担当の産婦人科の先生に相談しに行きました。妊娠中はお薬も限られるのと、お腹の中に命があると思うと安全だからといわれてもなかなか飲めないのが母親です。

 

私自身が我慢すれば大丈夫とも思ったのですがお腹の張りはやはり切迫早産を引き起こす可能性があると聞き、お薬を飲む前にまずは絶対安静でした。腰痛と眩暈には漢方薬を処方してもらい様子を見ることにしました。1ヶ月もしない内に大分症状も落ち着き、お腹の張りもなくなり、その3ヶ月後には元気な男の子を出産しました。

 

中期では吐き気、腰痛、眩暈、張りなどの他にお腹に湿疹もでき、とても痒く眠れなかった日もありました。色々振り返って見ると妊娠中に一番体の変化があるのが妊娠中期でした。

妊娠後期の2ヶ月もの安静入院生活の体験について
私は3歳の長男を妊娠中に切迫早産で2ヶ月もの安静入院生活を経験しました。上の5歳の長女の妊娠中も32週から約1ヶ月入院しましたが、また同じく入院することになりました。長男の時には特にお腹の張りは自覚していなかったので、大丈夫かなと気楽に考えていたところ、26週の妊婦健診でなんとなく切迫早産になりそうな気配があると先生に指摘されました。

 

1人目が切迫早産だと2人目もなりやすいとは聞いていましたが、まさかと思い不安になりました。特に今回は2人目なので当時まだ1歳の長女もいました。入院となると実家の母に長女を預けて入院することになり、長女と離れるのは嫌でした。それでも28週の妊婦健診で切迫早産と診断されて、強制的に入院せざるをえなくなりました。

 

長女はまだ1歳だったので、状況がよくわからなかったようですが、夜になると私のことを呼んで毎日泣いていたそうです。私も帰りたいのに帰れず、長女に会えない毎日がとても辛かったです。それでもお腹にいる赤ちゃんのことを考えると、今は安静にしないといけないと思い、ひたすら時間が経過するのを待つばかりでした。入院生活で唯一楽しみだったのが、夕方の面会でした。

 

父や母が毎日長女を連れて面会に来てくれたので、その時に30分くらいですが話をすることができました。長女は母に懐いていたのがせめてもの救いでした。長女のそばにいられないのはとても寂しかったですが、退院したらたくさん遊ぼうと思い、面会の時に元気をもらっていました。長い入院生活でしたが、36週までなんとか早産にはならずにもったので無事に退院することができました。

 

入院中は動けないのに食べてばかりだったので体重が15キロくらい増えてしまい、さらに安静で体力が落ちていたので、退院後しばらくは辛かったです。それでも日々散歩などをしながら体力を取り戻し、予定日の4日前に無事に元気な長男を産むことができました。いろいろありましたが、長男も無事に産まれて本当に良かったです。

妊娠後期に切迫早産で入院するのは、悪くないかもしれない。
第一子妊娠時の話ですが、私のおなかの赤ちゃんは、先生や看護師さんもびっくりするくらい活発に動いていました。多分、狭いおなかの中で手足を伸ばしたり、デングリ返りしていたんだろうと思いますが、その瞬間は、お腹がいびつな形に変形していてちょっぴり怖かったです。元気に育っていることが分かって嬉しいんですが、同時におなかがカチカチに張って、激痛も襲ってきました。その時はすぐに収まったので、特に気にも留めませんでした。

 

その後も赤ちゃんが伸びをしたり、激しく動いたりした時にはいつも激痛が襲い、そしてすぐに収まるというのが繰り返されました。赤ちゃんがお腹を内側から押しているから痛いんだろう、元気すぎるせいよね・・そんなふうに思って過ごしていました。そして検診の日を迎えました。先生に今の私の状態をお話ししてみたのですけど、やっぱりこれはよろしくないハリでした。

 

内診でも子宮頸管が短くなってると言われ、家での絶対安静を命じられました。でも家での絶対安静なんて無理ですよね。最低限の家事はこなさなければいけません。無理した結果切迫早産になってしまい、臨月に入るまでの1か月、入院生活を送ることになりました。張り止めの点滴を24時間毎日行い、原則寝たきりで動いていいのはトイレだけです。お風呂は禁止でシャンプーは先生の許可が出た時だけ。

 

そんな生活でストレスもたまったけど、空調のきいた快適な部屋で、一日テレビを見て、ご飯はバランスのいい美味しいものが出てきて、好きなだけ眠れて、これまで溜まっていた妊娠したことによるストレスが、ずいぶん軽減されました。24時間看護師さんがそばにいてくれる安心感もありましたし、結果的に入院していてよかったなと思います。保険に入っていたので、給付金も出ましたから、それほど家計の負担にもなりませんでしたし。

 

切迫早産で入院・・なんて言われたらショックだと思うんですけど、結構いいこともあるなと思います。もちろん入院なんてしないに越した事は無いですけど、そうなった時はぜひポジティブに捉えてほしいと思います。

妊娠中にやってはいけないことの要約

 

妊娠中には葉酸を摂りましょう

ベルタ葉酸サプリの詳細


妊娠線予防と妊娠線クリーム

ベルタマザークリームの詳細

 このエントリーをはてなブックマークに追加 
スポンサードリンク